Yuu(ゆう)/自転車と日々日常

noteで自転車と電車、車で訪問したところを記事にしています。ここでは、自分の日々日常のことや買ったものについて紹介したいと思っております。

権現堂公園は四季を通じて楽しめます ~権現堂公園を散策してきました~

こんばんは、Yuu(ゆう)です。

この前の土曜日に埼玉県幸手市と久喜市にまたがる権現堂公園を散策してきました。

権現堂公園は埼玉県の桜やあじさいの名所として有名なのですが、実は四季を通じて楽しむことができます。権現堂公園は圏央道の幸手インターで降りるのが一番近いかと思います。それでは権現堂公園を散策していきたいと思います。

 権現堂公園は天正年間に利根川の支流(現在は分流)である権現堂川の堤防として築かれたといわれる権現堂堤の周辺に整備された公園です。権現堂堤は1876年(明治9年)に明治天皇が東北巡幸の際に立寄ったことから、行幸堤(みゆきづつみ)とも呼ばれるようになった。この明治天皇の東北巡幸の時の石碑が権現堂堤の西端にあります。

そばにあった説明の立て札によれば、明治天皇が東北巡幸の際に立ち寄られた際に、権現堂堤建設の労に感じ入り、建設に携わった者の名前を石に刻んで残すように言われ、費用の一部が下賜されたそうです。人々は大変恐縮し、この堤を行幸堤と呼ばせていただきたいと申し出たところ、許可されたとのことです。

では権現堂公園の散策を続けていきます。権現堂堤を見ると結構長く、1キロあるそうです。この堤の上に桜が植えられており、春になるとたくさんの桜が咲き、人々を楽しませてくれます。

しばらく歩いていくとヤギが飼われている小屋があります。行った日もヤギが小屋の近くを歩き回っていました。

権現堂公園を歩いて外野橋(そとのはし)を超え、展望の丘から行幸湖(権現堂川)を見ました。調整池のようで中川の洪水抑制と工業用および水道水の取水に利用されているそうです。

行幸湖から権現堂堤の方向に戻っていくと、ダリアの花が咲いているのを見つけました。権現堂公園は桜やあじさいで有名なのですが、いつ行っても何らかの花が咲いており、訪れた人を楽しませてくれます。

なお、行った日はまだ少ししか咲いていなかったのですが、1月中旬から水仙まつりが開かれるそうです。
最後に順礼の碑を見てきました。これは江戸時代の1802年に長雨のために利根川が決壊した際に土手の修復を人々が進めることができず、手をこまねいていた時にそこを通りかかった順礼親子がこれを見かねて自ら人柱を申し出て、流れに身を投じたところ、洪水が収まり、修復工事が完成したという出来事から昭和8年に供養塔と供養の碑が建てられたそうです。

こうやって見ていくと、権現堂堤に対して治水対策の歴史というものを感じます。こうやって権現堂公園を散策することで歴史を見るのもいいのではないかと思います。
今日はここで散策を終え、家路につきました。権現堂公園は桜やあじさいを見に行く目的の他に、四季の移り変わりを見たり、歴史を感じるのにいい場所ではないかと思います。
今日はここまでにしたいと思います。ではまた。