Yuu(ゆう)/自転車と日々日常と雑記帳

noteで自転車と電車、車で訪問したところを記事にしています。ここでは、自分の日々日常のことや買ったものについて紹介したいと思っております。

難波田城公園に行って、難波田城の歴史と富士見市の歴史をみてきました

こんばんは、Yuu(ゆう)です。
先日の日曜日、埼玉県富士見市の難波田城公園まで行ってきました。
難波田城とは扇谷上杉氏の家臣(のちに後北条氏になるのですが)である難波田氏の居城で後北条氏が豊臣秀吉に滅ぼされたときに廃城となったそうです。
さっそく難波田城公園に入ってみます。
難波田城公園に入った時、駐輪場を見たらサイクルラックがありました。

サイクリストの人もよく利用されるのでしょうかね。
では駐車場から中に行ってみましょう。
駐車場から中に入ると堀がお出迎え。

そしてこれが復元された木橋。

この復元木橋を渡ってしばらく歩くと難波氏の住んでいたという館の跡があります。

公園の端にあるということは、昔の難波田城って敷地が広かったんでしょうかね。
この館跡のすぐ近くには行田蓮の池があります。行田氏の「古代蓮の里」から分けてもらった蓮なのだそうです。

さて、古民家ゾーンに入ったので見ていきますか。まず旧大澤家住宅のある所からみていきます。
はじめにこれが文庫倉だそうです。書類とかが保管されていたんですかね。

そしてこれが穀蔵。おそらく収穫した米を保管している蔵のようです。

旧大澤家住宅の反対側に旧鈴木家表門があります。

大澤家ではないということは、移築したものなのでしょうかね?
で、これが旧大澤家住宅。

大澤家は江戸時代に大久保村の名主さんだそうで、この建物は明治4年に建築されたものだそうです。
旧鈴木家表門と旧大澤家住宅では、昔の人の生活に使われていた道具などがおかれていたり、案内があったりして当時の人々の生活がわかるようになっております。
さて、旧金子家住宅の方に移りたいと思います。
はじめにこれが旧金子家住宅。

この建物も旧大澤家住宅と同様、明治4年の建築なのだそうです。
そしてこれが納屋。

納屋のそばには昔のおもちゃがたくさん置いてあり、親子連れの人が遊んでいました。
旧金子家住宅のそばに資料館があったので旧金子家住宅を見た後、見に行ってきました。

資料館には難波田城の歴史や富士見市の歴史を見ることができます。
最後に資料館を出た後、そばに菖蒲田があるのを発見。時期になったらきれいな菖蒲を見ることができるのかなと思います。

これでこの日は難波田城公園の散策を終了しました。
今日はこのへんで。ではまた。